アートな体力
そうです、私には体力がない。
政治家とか芸能人とか、体力の固まり、というか体力しかない、って感じです。
体力はないよりあったほうがいい。
でも、元来、アートというものは体力のない人のためにあるものなんです。
アーティストは、なけなしの体力をそのアートに注ぐのです。
アートを真に必要とするのは、いろんな意味で社会的肉体的体力のない私のようなニンゲンなんです、ほんとは。
アートが巨大な経済活動に組み入れられた時点で、8割方アートは死ぬ。
だけどそれはそれで止めようがない。
体力のある人が8割持って行ってしまうのを止めようもない。
でも2割残る。
2割残れば十分。
芸術は死なない。
そんなことを想う秋。